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みなまたの民話「三番曲りの古狸」

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 むかし、岩井川内から山木場に行く途中の三番曲りと呼んどる付近に、大きな古狸が棲んでおったげな。こん狸ゃ三番曲りへんから大境の先の荒平あたりまでば縄張りにしとって、山道の寂しか場所に、目ン覚むるごたるよか女子に化けて、通るもんば片っ端から騙くらかして良か気色になっとった。ここは昔しゃとにかく大木の繁って昼でん薄暗うしてわざばいかごたる薮くら道じゃった。“こっけ狸に化かされる“ちゅう噂が広がり、夜更けは滅多に人は通るうとせんじゃった。
 ある晩のこつ、一人の男が抜き差しならん用件で仕様んなしにここを通りかかった。なるべく周囲は見らんごつして道ば急いどった。どんくらい歩いたろうか。生ぬーっか風がふわーっと男の面ばひとなでした。男はふっと顔ば上げて何の気なしに前の方ば見た。すると目ん前が明るうなって、そけよか女ごの立っとるじゃなかな、男は一目見るなり物の化に憑かれたごっなって、わがば忘れてうっとりと、そんよか女ごに見とれてしもうたげな。わが肝心の用件もうっちやすれてたい。……女ごはいかにも親しかもんにでも会うたごつ、「今晩は、どちらへ行きなさっとですか」「………」「よろしかったら家に寄って、お茶でも飲んで行きなさらんですか」と近づき手を取った。男は魂のつっくわんげたごて、ふらふらと女ごの後について行った。
 男は立派な家に入り部屋に通された。
 「風呂が沸いとります。どうぞ……」すすめられるままに男はひと風呂浴びた。部屋に戻るといつの間にせしこうたつか、珍らしかご馳走が並び、美女の酌に夢見る気色になって酔くろうてしまい、あとはどげんなったか訳くちゃ分からんごっなって、その晩な酔い潰れて泊まってしもうた。
 明け方の冷たい風に男はふと目ば覚ますと、山ン中に落葉ばひっかぶって寝とった。あたりにゃよんべの御殿のごたる家も美女の姿も消え失せて、付近には馬ん糞だけが散らばっとった。
 正気にもどった男はわが身の異様な匂いに、さては狸にだまされたかと気づくと、真っ青になって山野の荒平方面に向かって一目散に走り出した。昨夜の風呂は野壷で、出されたご馳走は馬糞じやったげな。
 (注) わざばいか……恐ろしいこと。怖いこと。
     魂のつっくわんげた……魂が抜けた様。
     よんべ……夕べ。昨夜。
     野壺……野外にある肥溜

 

水俣市史「民族・人物編」より


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