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みなまたの民話「もて木川の母子悲話」

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 むかし、むかし、まぁだ道らしか道じゃなか、人が通って自然にでけた里道や、獣の往き来でいつの間にかでけた山道ば利用しとったころのこつじゃった。
 もてぎ川の川向こうの山間に、母一人子一人の睦まじい親子が住んどった。ある年の梅雨どきじゃつた。連日の雨で暮らしに欠かせん塩ば切らしてしもうて、どげんしてん川向こうの店まで買いに行かんばならんごつなった。長雨で川ん水は増えとったが、そんころは橋もなし、増水した川ば渡っとは大変なこつじゃった。こんな日に幼児ば買いもんに連れて行くこた誰が考えてん無理で、気がかりじゃばってん家に置いとくほかはなかった。雨も小降りになったので今のうちにと思った母親は「おせんよ、すぐ戻って来っで、母ちゃんが帰るまじゃ決して外に出ちゃならんばい。言うこつば聞いておとなしゅうしとれば、飴んちょば買うてきてくるっで、決して家から出んなばい」母は幼児にくどくどと言い聞かせて、小雨の中を蓑にタカンバッチョ笠をかぶって急いで家を出た。一人残った「せん」は、母が居なくなると途端に淋しくなり、そしてだんだん心細うなって、どうしょうもなか切羽詰まった気持ちに追い込まれ、母の注意もうち忘れて戸外に飛び出し、狂うたごて泣き叫び母親の後ば追って一目散にかけ出した。気ばっかり焦ってつっこけまんこけ、泥だらけになって坂道ば駆け下り、もて木川のせんのひらにたどり着いたとき、母親はやっとんこっで向こう岸に渡り着き、店の方へと急いどった。
 川にたどり着いた「せん」は、遥か川向こうの道ば急ぎ足で行く母を見つけ、「かぁちゃーん……」と泣き叫びながら母の名を呼んどったが、思いきって川ば渡ろうとした。
 一方、母親は後髪ば引かるる思いで道ば急いどると、ふと、わが子の叫ぶ声が聞こえたような気がしてうしろばふり返ってみると、いまにも川を渡ろうとしとる「せん」の姿に、「アーッ、しもうたッ」と思い、「そこば動くなーッ、じっとしとれ、今行くでー」と声を限りに叫び、宙を飛ぶ思いで川にとって返した。
 だが、母の叫び声も増水した流れの音にかき消され「せん」には届かなかった。「せん」は思いきって渡ろうとして急流に目がくらみ、アッという間に流れに呑みこまれてしもうた。息急き切って駆けつけた母は、「せん」を助ける一心で我を忘れて激流に飛び込んだ。だが、早い流れに押し流され、我が子を救うどころか母親も濁流に呑まれてしもうた。
 その後、村人たちの必死の捜索にもかかわらず、母子の亡骸さえ見つからんじゃったそうじゃ。
 それからのち、梅雨どきなどに大水が出れば、せんのひら辺りから「母ちゃーん……」「おせんョー……」と、流された母と子の相呼ぶ悲しく切なか叫び声を、村人たちはよく聞いたち話じゃ。
 (注) タカンバッチョ笠……昔、雨降りにかぶった竹の皮で編んだ笠
     つっこけまんこけ……つまずき転ぶことを強調した言葉
     せんにひら……本井木にある地名
     やっとんこつで……やっとのことで

 

水俣市史「民族・人物編」より


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