水俣市トップへ

みなまたの民話「河童の恩返し」

最終更新日:

 浜ン広田どんが子供ンころ、夏休みにゃ久木野ン叔母さんが家よう遊びに行き、近くの竹下渕に泳ぎ行きおった。竹下渕はいつも碧々と水ばたたえて、ほんなこて河菫の棲みそうな渕じゃった。
 ある日、友達とバチャバチャ泳いどったら、浅瀬から急に深みにはまってうんぶくれそうんなった。アップ、アップしとっと突然おなかんあたりがぬーくなって、何かわからんばってん腹ば下から支えられたごたる感じになり、溺れるどころか水面に浮いとるごつ軽うなった。こんこつがあってから彼は急に泳ぎがうまくなった。子供心にも不思議に思うたが、「こらぁきっと河童が俺に泳ぎば教えてくれたっばい」。そげん思うと彼は河童に何かお礼せんばならんち思うて、叔母さんの家に戻りつくと今日の出来ごつば一部始終話し、次の日叔母さんからソウメンと河童の大好きな胡瓜ばもらい、河童にお礼ば言うて川の深みにそれば流した。それから安心して泳ぐこつができ、だんだん泳ぎも上手になったげな。そして泳いだあとはいつも友達と一緒に魚ば捕って遊びおった。
 しばらく経ったある日のこと。みんな遊び疲れてそろそろ家に帰るうと、みんなが着物ば脱いどっとげ行くと、彼のところにゃ鮠や鮒などがいっぱい串刺しにして置いてあった。 彼は町の子じゃっで魚捕りは上手じゃなかったで、狐につままれたごたる気持ちでおっとこれ友達が来て、そん魚ば見てびっくり。
 「そげんうんとこせ、ぬしが捕ったっや」と聞いたばってん、彼はあいまいに、「うん、うん」と答えるしかなかったったい。
 家に持って帰ると叔母さんはいさぎゅう喜んだ。彼は「これもきっと河童にソウメンと胡瓜ばご馳走したお返しじゃろう」と考え、それからも毎日叔母からもろうて供え物ばした。しかし、そんころ農家の暮らしや貧乏じゃったで、ソウメンな、いっでんかっでん食べられるちゆうわけにやいかんじゃった。
 ある日、「もう、そしこ持っていけばよかがね。もったいなかでもう持っていくな」と叔母に止められた。ばってん彼の心は納まらず、そん後は叔母にかくして持っていくごつなった。叔母はそんこつばちゃーんと知っとったばってん黙って知らんふりをしとった。
 それから暫らく経ったある日のこと、「今日はこれば持って行かんね」と言って、ご仏飯の中に線香の灰ば包み込んで持たせっやった。何ンも知らん彼は叔母の言うごつ持って行き、いつもんごて川に流した。
 遊びだれてさあ帰ろうと思い、着物ば脱いだとこに行くと、いきなりニューッと岩かげから河童が出てきた。
 ハッと驚く彼に「もうお別れだね。あしたから会えんごつなったばい。長い間有難うな」と言うよか早よ手を振ってドボーンと水底に消えてしもうた。
 突然のこっで、彼はなんでそうなったのか、そん時にゃ理解できんじゃったばってん、そんこた自分一人の胸ン中に納めて誰にも言わんじゃった。そん訳がわかったのは彼が大人になってからじゃった。―河童との仲が悪うなるごつ、叔母さんが河童の一番嫌いな線香の灰ばお仏飯に入れたからじゃなーと。 
 昔から子供が川遊びに行くときゃ親たちから、川遊び行くとならお仏飯ば食うて行け」とよく言われとったこつば思ぃ出した。 折角、河童と仲良しになったち喜んだつもいっときに間、暮らしが貧しかばっかりに河童が一番嫌いなこつばしてもうたったい。そるばってん、利口な河童はそのいきさつば一部始終知っとったっじゃろ、そん証拠にゃ普通なら悪賢か河童じゃばってん、そん後も、彼には何ンもいたずらはせんじゃったち話したい。
 (注)うんぶくれそうんなった……溺れそうになった。
    いつでんかっでん……いつでも。常に。始終。
    遊びだれて……遊びつかれて
 

 
水俣市史「民族・人物編」より


このページに関する
お問い合わせは
(ID:879)
水俣市役所
〒867-8555  熊本県水俣市陣内一丁目1番1号   電話番号:0966-63-11110966-63-1111   Fax:0966-62-0611  

[開庁時間] 午前8時30分~午後5時15分(土・日・祝日・年末年始を除く)

(法人番号 7000020432059)
Copyright (C) 2019 Minamata City. All Rights Reserved.