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みなまたの民話「椿谷での珍事」

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 ある年の夏も終わりに近いころ、父と子が町から山ひとつ越えた小田代に行ったときのことである。多々良から椿谷越えの山道は細く谷に添うように続いて雑木の林に覆われていた。その林を抜けると少しばかり拓けた集落があり、そこを侍村といった。
 山越えの谷は椿が多く、花の咲く季節には甘い花の蜜の香に誘われて、メジロなどが多く群れ舞うところでもあり、椿谷の呼び名もそこから生まれたものであった。谷には水も少なく重なるような岩の間をわずかに見え隠れして、幽かな音をたてながら流れていた。時折、バサッと小鳥の樹間を飛び交う音がして、辺りは静かである。
 親子は木の根や岩をよけ、落葉を踏みしめながらもう中ほどまでの道のりを来たであろうか。時刻は昼近い。少し汗ばんでいた。一息ついて谷を横切ろうとしたとき、父はふと立ち止まり、後からついてくる息子に後手で合図した。息子はひと休みするのだろうかと父親を見た。父親は何かを見つけたらしく、前の岩陰の落葉の重なり合った凹みの気配を窺うようにして見ている。
 そのうち、父は思いもよらない不思議なことを始めた。履いていた足半(かかどの短いわら草履)をヒョイと頭の上に乗せ、岩の間をしきりに見回している。子どもにすれば思いもしなかったことで、日ごろ厳格な父親が落葉のついた足半をかぐめた滑稽な格好よりも、その真剣な様子に一体何が起こったのか見当もつかなかった。父親は息子を振り返り、声を立てるなと合図して、手真似でお前も父の真似をせろという。子は言われるようにして、指差された岩の辺りを見てみるが、別に変わった様子はない。

 暫くして、「もうはってつしもた。見えたろが?」、しかし子どもには何がいたのかよくわからず、薄く陽炎がチロチロと揺れ動いて、谷伝いに下のほうへ漂って行った感じがしただけ。
 「何の、おったんな……?」息子は頭の上に乗せた足半をとって履きながら、初めて父に問うた。
 「見えんじゃったんな、ガラッパどんのおらったがね。二、三匹はおらった。そるばってん、なぁーもせんば悪さはせんとたい」その行く手を横切ったり、妨げたりすると、熱が出て病み倒すという。
 また、草履を頭にかぐめると、ガラッパには人が見えなくなり、人にはガラッパが見えると言うが、子どもには見えなかったようだ。
 ガラッパ(河童)は山の神、川の神の使者とか川の神そのもので、秋には山に登って山の神になるとも言われ、人によっては見えたり見えなかったりする、と思われていた明治のころの父と子の話である。

 
水俣市史「民族・人物編」より


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