下村の村外れの川端に、どこから来たのか一人の座頭が柴小屋を造って住みつき、近くの村々を琵琶を弾いてまわり、日々の糧をもらって暮らしていた。
年も暮れて、正月がきた。座頭は下村の家々を門付けして回った。村人たちは、めでたい正月を迎えて気嫌よく、「座頭どん、今日は元日じゃっでこっち寄って一杯飲まんのい」と言って、家ごとにご馳走してくれた。
すっかり酔いのまわった座頭は、自分の小屋に帰ろうと谷川に架かった丸木橋を渡り始めたが、橋の中ほどまで来たとき、足元が狂って踏みはずし、ざんぶと川の中に落ちて、したたか腰を打って立てなくなった。
日暮れ時、村の作じいさんが水神さんにお神酒を上げに来て座頭どんを見つけ、「座頭どん、お前ゃ何ばしとっとや」と声をかけた。座頭は消え入るような声で「人はみんな正月と言うばってん、わしゃ寒さにガッカッ震えとったい」作じいさんは急いで村に帰り、若者ば四、五人連れて座頭どんば助けに来てみたが、橋の下にその姿はなかった。
「たしかに、この下ん川ん中おったっじゃが、どけ行ったっじやろか」みんなは、暗くなった辺りを探した。そん時、向こうの滝壷から「ヒョイ、ヒョイ、ヒョイ」という河童の声が聞こえてきた。
「ハハー、がわんばっちょどが、座頭どんの葬式ばしてくるっとぞね」と、みんなは手を合わせて念仏を唱えた。
いま、その滝壷は湯出七滝の一つ「座頭滝」として、訪れる人も多い。
水俣市史「民族・人物編」より