今から百四、五十年ぐらい前、無田村に惣市という人が住んでいた。この人は金儲けの天才で、どうして稼いだのかわからないが村で評判の金持ちと噂されていた。
ある日、布袋に二包みのお金(天保銭) をいっぱいつめて、近くの家に持って行き、「銭ば家に置いとけばぬすど( 盗人) にねらわるっで、こん銭ば預かってくれんかい」と、畳の上にザラザラ…とばらまいた。
それを見てびっくり仰天した隣人は怖くなり、「いやいや、こげんうんとこせン銭な預かりきらんばい。ほかんもんに頼まんな」と断った。
仕方がないので他の家に頼んで、やっと預かってもらった。
惣市どんはしばらく経ったある日、予言は的中、二人組の盗賊に襲われ殺されてしまった。そして賊が家の中をくまなく探したが大金はとうとう見つからなかったという話が村人に広がった。
その後村人の間に誰言うことなく「惣市どん屋敷にや金がいっぱい理まっとるげな」という噂が流れた。しかし、誰も掘り返してみた者もなく噂だけが残った。
今でも村はずれの桧山に「惣市どん屋敷」といって石垣をめぐらしていた屋敷跡が一部残っている。ちなみに、お金を預かった家はいつの間にか栄えたが、子孫に総継ぎが生まれず何時のころか絶えてしまったと言う。
(注)こげんうんとこせン銭な=こんなにたくさんの銭は。
水俣市史「民族・人物編」より